
いや~・・飲んじゃいましたよ~・・2005年レ・フュスロット!素晴らしいですね。
まぁ、早いのは仕方が無い・・シャンボール=ミュジニーは非常に長命ですから・・。半世紀~1世紀と言う、人間以上の寿命が普通です。なので、
「10年ほど経ったからそろそろ美味しくなった頃だろう!」
などとの安易な気持ちで開けると、かなりの硬さに・・「・・しまった!」と後悔する羽目になるんですね。まぁ、その硬さが理解できないワイン評論家も多くいらっしゃいますが・・。
そんな時はどうするか・・。実際、noisyも持ち帰って普通に開けて飲んだだけですが、やや硬いものの高質さ、雅さ、エレガンス、美しさ、エキスの美味しさ、ミネラリティの複雑さと密度など、非常に素晴らしく美味しいと思ってしまいましたが、それでも硬さは有りますので、もし柔らかくしたいのであれば
「平底のマグナムデキャンタに栓をして1週間!セラーに寝かせる!」
位の荒療治が必要でしょう。
むしろ飲み時を決めず、時折様子を見ながら・・(つまりチョイと飲みつつ・・)そのタイミングを計るのも一幸でしょう。昔はずいぶん、やったものですが、昨今はまずやらなくなりました。そうすることで、ワインの変化も判りますし、酸化の具合も測れるようになります。
最も、高いワインじゃそんなこと、出来ないよ・・とおっしゃられるかもしれませんが、ポテンシャルの無いワインでやっても余り役には立たないんですね。寿命が長く、香気成分の出やすいシャンボール1級だからこそ、やる価値もあると言うものです。
まぁ、その酸化具合が気に入らない、美味しく飲めないじゃない?・・とおっしゃるかもしれませんが、ワインはそういう意味では結構・・頑丈で丈夫です。ちゃんと管理すれば、ポテンシャル高いワインはきっと応えてくれますよ。
この2005年、素晴らしいポテンシャルでした。今飲んでもOKです。メオ=カミュゼのサイトでも、2005年、2006年、2008年のどれもが「A boire ou a conserver」で、「飲んでも置いても良い」になっています。どうやらメオ=カミュゼ的な基準は15年経ってからが「飲み頃=A boire」のようですね。
質感はブルゴーニュのトップです。不思議なのは、メオのワインのどのキュヴェにも感じられるものです。ルロワのワインもそうですよね?・・まぁ、余りACブルクラスだと、その辺りは微妙ですが、メオの昨今のACブルの方が確実に美味しいですよ。しかもその質感は下級、上級を通じて感じられるものです。是非飲んでみて欲しいと思います。
2006年、2008年はさすがに飲んでいませんが、一般的なグレートイヤーは2005年ですが、noisy 的には2006年と思っています。2008年はやや弱めですが、シャンボールのように石灰のキツイアペラシオンの場合、「グレートイヤー=超長熟」と言う図式になってしまいます。気を付けましょう。ご検討くださいませ。
以下は以前のコメントです。
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偉そうには言っても今のところフィサンしか飲めていませんし、いつの間にか売れてしまって減っているのが現状で、この先はそうそう飲めそうも有りません。
リアルでは、編集長の、
「もう取り上げるには値しない」
みたいな烙印を押されてしまっています。ある意味、ピノ・ファンの、強烈な愛情の裏返し的な部分ではあると感じます。偉大なブルゴーニュの生産者の立ち位置にいながら(と、思う)、
「なんなのよ、その振る舞いと仕上がりは・・・」
みたいな怒りが有るんだと思います。ちょっと鼻が伸び過ぎたピノキオ状態・・・と受け取られたのでしょう。
ブルゴーニュの神様のすぐ傍に居た、家族ぐるみの付き合いだったと言える、他の造り手たちは、一体どんな気持ちを持っていたのでしょうか。アンリ・ジャイエの造るワインに啓発され、神様に追いつきたい、何とか自分を旨く表現したい、でも超えられない、というジレンマに陥ってしまうのでしょう。ジャン・ニコラ・メオに留まらず、跡継ぎのエマニュエル・ルジェ、フィリップ・シャルロパンもそうでしょう。神様のピノ・ノアールには到底届かないと感じてしまうのでしょう。神様の友人たちにも同じことが言えます。このところのダニエル・ショパンのキュヴェを飲まれた方は、その美味しさにびっくりされたと思います。しかし、ダニエル・ショパンの凄腕を持ってしても、追いつくことすら出来なかった(と思う)訳です。
メオ=カミュゼのワインを飲むと、やっぱり同様のことを感じてしまいます。追いつきたい、超えたいが・・・、今の俺はこんな感じなんだよ、と言っている様な気がするのです。
2004年のフィサンはよく出来ていると思います。神様流の低温での長めの漬け込みは感じられず、短めに済ませて、ピュアなフレーヴァーを生かそうとしています。フィサンとしてみれば、今までに経験が無いほど果実のニュアンスを大量に閉じ込めています。そして、生の血を感じさせるような、妖艶なアロマが強烈に存在しています。生々しい、という表現が正しいでしょう。恐怖映画を一人で見ているような、背筋がゾクゾクっとする感じさえ受けます。ボディも肉を感じさせる厚みの有る物で、噛めるようでも有ります。血とブルーベリーの煮詰めたものの集合体と言っても良いでしょう。
メオ=カミュゼのピノ・ノアールには、そんな只者では無いニュアンスを時々感じることが出来ます。しかし、それが「めちゃんこ美味しい」に同義なのか、が微妙では有り、飲み手によって好き嫌いの分かれる部分でしょう。それでも、土地の個性とメオの個性の両方を強く感じさせる優れたワインであると・・・感じました。
また、96年や98年のヴォーヌ=ロマネが少量入っています。価格はとても安いと言えますので、楽しかった90年代を振り返ってみてはいかがでしょうか。ワイン自体の絶対的な美味しさを求めるよりも、今まで過ごしてきた90年代の決算をしてみるのも重要でしょう。ブルゴーニュは、確かにひとつの時代が終わった・・・と感じられますよね。
オ=ブリュレは神様が耕作していたリッシュブールに接するとても秀逸な1級畑です。リッシュブールよりはやや軽いが、名前どおりの独特の焦がされたベリーのニュアンスや動物的官能さにクラクラさせられたワインです。お好きな方は・・・まあ、安いと思いますので是非。
2004年のフュスロットは飲めていませんが、2003年がとても美味しかったのを覚えています。透明感の有るドライなチェリー、ラズベリーのジャミーさは、メオが求めているものを指し示しているような気がしました。神様のピノ・ノアールよりも高い周波数の香りに、よりポイントが有り、華やかで、ピュアでした。
皆さんもまあ、色々と好みはあるのでしょうが、色々と飲むのがワインの楽しみ・・・。高くなってしまったブルゴーニュのワインでは有りますが、古酒も含めてファンタジックな世界を感じられる価格では仕上がったと思います。ご興味の有る方、是非、飲んでみてください。