● ニコラ・フォールです。今、noisy が最も注目している若手2人のうちの一人です。そしてもう一人は・・ヤン・ドゥリューですが、この二人は対極です。でもこの二人こそがブルゴーニュの新しい世界を切り開いて行くに違いないと・・睨んでいる訳ですね・・noisy の目が曇っていなければ・・ですが。
今回は少ない入荷量からやっと、本当に清水の舞台から飛び降りるつもりで、トップ・キュヴェの片割れである「アロース=コルトン」を飲ませていただきました。そして、最も注目している一人で有ると言う自身の感覚に間違いは無いだろうと確信している訳です。
いや~・・素晴らしいです。めっちゃ健康的です!・・そして実にピュアな味わいです。ナチュラルさが軽やかに感じられます。その上で・・構成が大きく、複雑性が高いですから、
「すっきりしてて美味しい!」
とは思うはずですが、そこで終わって欲しくない・・(^^;; 熟を増して行くに従い、さらにその備わっている大きさを感じさせてくれるはずなんですね。
毎年、入ってくる数量が少ないので・・思いっきりエージェントさんにプレッシャーを掛けまくって、それでも何とかここまで数をいただきました。まだまだですので、トップ・キュヴェを1本飲むのが精いっぱい・・下のキュヴェなら2本がテイスティング出来る限界です。
ですが、やはり彼が持ち合わせている「見るべきもの」の大きさが、
「無理をしても開けて良かった・・!」
と感じさせてくれました。
テイスティング数が少ないので、「・・あれ?・・noisy さん、この造り手は余りやる気ないのかな?」と思われるかもしれませんがそうじゃないんですね。もう限界ギリギリのところまで攻めています。皆さんも是非、エージェントさんにプレッシャーを掛けていただき、
「noisyさんに飲んでいただきましょう」
と言ってください・・(^^;;
ブルゴーニュの次世代を担うに違いないニコラ・フォールです。ご検討くださいませ。
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非常に興味深い造り手をご紹介させていただきます。ドメーヌとは言っても非常に小さな、しかも新しい造り手です。しかし、その経歴を見ると・・凄いですよね。若いながらも着実にスキルアップ・・・しかもD.R.C.を退社してプリューレ・ロックに移動・・ですと。
さらには、そんな環境を生かせたのか、引く手数多なD.R.C.の使用済みの樽を使っての醸造もしちゃってます!
力量も認められ、環境も良いのでしょう。昔からの地主で無い者が、ヴォーヌ=ロマネ近辺で新たに造り手になる・・と言うことが、どれほど大変なことか・・。
そんな部分を見て飲んでみたくなり・・ご紹介することになりましたが、やはり非常に少ないようです。でも、とにかく気になる部分が多過ぎる「ニコラ・フォール」。かなりの見っけもんかと思っています。

アニェス・パケの下で1年間、ローヌの雄ジャン・ルイ・シャーヴの下で1年間の修業を終えたニコラ・フォールは、2010年5月にDRC社に入社。以来2015年3月に退社するまでの約5年間にわたって、同社で栽培の仕事を全うしました。
並行して2011年3月、ヴォーヌ・ロマネに接するニュイ・サン・ジョルジュ北東端のリウ・ディ「レ・ゼルビュ」の樹齢約50年の区画をフェルマージュによって賃借できる好機を得て、同年より、自身によるワイン造りを開始しました。
栽培と醸造はDRC社の手法を随所に採り入れ、また、「ニュイ・サン・ジョルジュ レ・ゼルヴュ」の樽熟成には同社の1~2回使用樽を使用しています(AOCは厳に非公開だそうです)。 「芳香、複雑味、長い余韻の3点を追求しています」(ニコラ・フォール)。
2014年には、極少面積ながらも念願の自社畑(コトー・ブルギニヨンとACブルゴーニュ)を取得し、正真正銘のドメーヌとなりました。
2015年3月、DRC社の共同経営者のひとりであるアンリ・フレデリック・ロック氏当人より熱烈なラブコールを受けて、氏自身のドメーヌ「プリューレ・ロック」に異動(?)することになり、以来、同ドメーヌの栽培および醸造を担当しています。(さぞ面食らったことでしょう(笑))。所在村 Meuilley
醸造家 Nicolas Faure
所有畑面積 0.23ha
ドメーヌ継承年 2011年
栽培における特記事項
極めて厳格なリュット・レゾネ栽培(化学肥料、除草剤、殺虫剤、防腐剤は一切使用しない)。馬で耕作
醸造における特記事項
原則として除梗しない。天然酵母のみで発酵。無清澄、ノンフィルターでビン詰め
販売先 販売を開始したばかり
掲載実績のある海外メディア 「Bourgogne Aujourd'hui」
参照できる日本のメディア 「ワイナート」第73号P42